子どものクリエイティビティを活かす社会はどう作る?
育休を利用して、マレーシアのジョホールバルに近年オープンしたインターナショナルスクールの見学に来ました。ここはイスカンダル計画と称して大都市開発を進めているエリアです。そして、教育特区を設けて世界中から学校を誘致しています。よく日本のTVでも取り上げられるので、ご存知の方も多いと思います。(学校ごとの個別詳細は海外教育で後日記事をアップ予定)
今回は、3校の学校見学を通して感じた日本と世界の幼児教育の違い、そのベースから生じる社会の違いを紹介したいと思います。
■ プラスオンされていく教育
今回見学したところは、いずれも幼稚園〜高校までの一貫教育を行っているインターナショナルスクールです。ここで、日本と大きな違いがあるなあ、と思ったのは、幼稚園で受けている教育が、そのまま小学校〜中学校〜高校と上塗り、上書きされていく感じになっていることです。パソコンでデータを保存するときに”上書き保存”というのがありますが、まさにあんな感じ。
以前、ある幼稚園の園長先生に聞いた話ですが、自分が園を経営していて、一番残念だなあと感じるのは「モンテッソーリであれ、なんであれ、幼稚園の教育(というほど、高度なものでないにしても)が、小学校に入った途端に完全に分断されてしまうこと」と言っていました。日本だと幼稚園からの一貫教育は、あまりないですよね。(いわゆる付属校のとも違う感じ)小学校に入ると、全く新しいOSを強制的に入れ替えられて、0から教育がスタート。それまでのデータはメモリーから消去といった感じでしょうか。
■ クリエイティビィが発揮される環境
もう一点、日本とは違うなと感じたのは、子ども達のクリエイティビィティを尊重し、最大限伸ばそうとする感じです。小学校3年生くらいの作品でアンディウォーホールからインスパイアされた作品を作っていましたが、一人が上手い、ということでなく、それぞれに個性があって、魅力的な作品ばかりでした。
日本の教育というのは、”企業に入って上司の言うことを聞いて、良く働く人材を作るため”だと言われますが、そこに個性や、創造性はやっぱり必要ないですよね。自分もクリエイティブ職ですが、あくまでも企業の中なので、アーティストとは違って、いい意味で”企業で働く”ということが出来た上でのクリエイティブです。別に全員がアーティストになる必要もないと思いますが、根本的に日本は、クリエイティブが必要とされる社会ではないんだなあ、と思いました。
■ クリエイティブ力は社会の問題を解決する力
そういった視点から、クリエイティブという意味を考えてみると、根本的に違っている気もします。世界では、クリエイティブというのは、”個人の創造力を発揮して、社会の問題を解決する こと”で、そのためのクリエイティビティを幼少期から徹底して発揮するようにしむけるのが教育だという感じがしました。その結果が、アマゾン、Facebook、グーグル、ヤフー、ツイッター、などなどのベンチャー企業を作ったなのかな、、、とか思ったりします。もちろん、これらは、とっくにベンチャーではなくなっていますが。
グローバル化が進むと、幼少期からこういった教育を受けてきた世界の人と、日本の子ども達は同じ土俵で勝負することになります。決して、日本の教育が悪いとか、インターナショナルスクールが良い、というつもりはないのですが、世界の動向は気にしときたいなあと思いました。いずれにせよ、世界は猛スピードで動いてるのを実感しました。
でも考えてみれば、グローバル化は子どもだけの問題じゃなく、すでに大人や国の問題でもありますね。クリエイティビティを発揮して世界の問題を解決しようとしてる世界に誇れる日本の企業って、今はどこでしょうか?
参考までに先日、リスクモンスターから発表された「世界に誇れる日本企業」調査結果
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