5027271091_ce8dccf29f_b我が家の次男も、9月に入り、ついにプレスクールに通い始めました。

オランダでは、2歳半を過ぎるとPeuterspeelzaalという、幼稚園というか、プレスクールというか、同年代の子どもたちと一緒に社会性を学ぶことを目的とした施設に入ることができます。と言っても、うちは週に2回、合計4時間なので、ほんの一瞬です。(イメージとしては、保育園とか、幼稚園とかの最年少クラスの、ならし保育的なイメージでしょうか…?)

とはいえ、うちの次男は、長男の学校への送り迎えにいつも、ついて行っていたこともあり、自分も学校へ行きたくて、行きたくてたまらなかったので喜んで通っています。

というのも、次男のPeuterspeelzaalは、長男の学校と同じ校舎内に入っているからです。ちなみにオランダでは、このように同じ校舎内に、別の学校が存在していることもあるのです。

 

■思い思いに遊ぶ子どもたち

親から見ると、知らない国で、言葉も通じず、もちろん周りに日本人は一人もいませんので、心配もしていたのですが、本人はそうした心配が一切必要のないくらい、張り切って、しかも楽しそうに通っています。

ちなみに、このクラス7、8人の生徒に対して、先生が常時2人。さらに保健所(健康状態や、発達具合などのチェックを行う)からも職員が定期的に来て、さらに、先生の保育技量をチェックする人も定期的に来る、という手厚い態勢がとられています。

さて、そんなクラス状況ですし、そもそも年齢も小さいこともあり、いわゆる一斉教育は皆無です。

子どもたちは、各コーナーに分かれて、思い思いに好きなことをやっています。

こんな光景を見ていると、子どもたちはバラバラだし先生の言うこともあんまり聞いてないようで、ただ遊んでいるだけに見えるので、(もっとも、まだ2歳だし、言葉も分からないので、先生の言うことも聞けないのですが)大丈夫かな?と思ったりもします。

みんな、全然おとなしく遊んでいません。もちろん、先生は全く注意しません。

ここで思い出したのが、オランダの教育にも精通しているリヒテルズ直子さんの『オランダの共生教育』(2010 平凡社)に書かれていたことでした。

引用してみます。

<わが家の子どもたちが、小学校の三年生と六年生でオランダの小学校に転入したばかりのときのことでした。二人の子どもたちの担任の先生が、どちらも異口同音に「おとなしいですね」と言われたことを思い出したのです。それも、決して褒め言葉ではなくて、少し心配だ、というふうに聞こえるものだったのです。ふつう、先生から「おとなしい」と言われて、それに続く言葉が「良い子」ではあっても、それが心配のコメントである感じる日本の親御さんはあまりいないのではないでしょうか。日本では、大声をあげ、おしゃべりをして授業を妨害する子どもは当然悪い子ですが、おとなしい子は扱いやすい子、問題のない子と考えられるのが普通です。-(略)-でも、オランダの先生たちが「おとなしい」わが子たちについて心配していたのは、「ちゃんと自分の意見を持っているのか、自分の立場を持っているのか、好きや嫌いをなぜはっきり言わないのか」ということでした。>

まだ2歳から4歳前までの子が集まる場所ですから、もちろん、自分の意見を言わせたりするような場面は、特にないのですが、かといって、おとなしく遊ばせることは全くしません。

この保育のやり方には、オランダの教育の根底にある考え方が関係しているのかな?と思って見ています。

 

■「おとなしくてよい子」には価値がない?

また、実は「おとなしくて良い子」が挫折することが多い、ということが元京都大学教授で、ユング研究の大家でもある河合隼雄さんの著書『子どもと学校』には書かれています。

<日本人にほとんど一様と言っていいほどの価値観として、「素直なよい子」という理想像がある。これは、簡単に言ってしまえば、親や教師などの目上の人の言うままに、それに従うことを意味している。そのようにして「よい子」の模範のようにされてきた子どもが、大学に入ったとたんに、「自主的判断」ともって研究をせよ、などと言われてもできるはずがない。優等生だった子どもが、大学に入学してすぐ挫折したりするのには、このような例がある。これも、一様な価値観の犠牲者と言ってもいいだろう。>

と書かれているのですが、オランダでも同じく「おとなしくてよい子」が必ずしも良いことではなく、というより、むしろ、そこには全く価値を置いていない、とさえ感じます。これがオランダのプレスクールを通しての感想です。

もちろん、まだまだうちの次男も小さいので、そもそも「おとなしいよい子」でいるはずがないのですが、どうも日本で求められる立ち振る舞いと違うのでは?という感じが親としてはしています。

 

社会に出ると、異なる意見を持つ者同士が協働するというシチュエーションは、しょっちゅうありますよね。

もしかしたら、オランダのような多民族国家で、多種多様な人種がいる国では、小さい頃から、自分の意見を持たずに「おとなしいよい子」でいることは、何の価値もないと、皆が考えていることを感じることができます。

と同時に、長男の学校の様子を見ていると、人と意見が違うからこそ、人の話もきちんと聞くように教えられているような印象も持ちます。

ともかく「おとなしくてよい子」である必要はない、ということで、うるさい悪ガキ(失礼!)をお持ちのママさんたちには朗報でした。

って言うか、一番ホッとしたのは「人と意見が違う」ということで、小さい頃から白い目で見られ続けていた自分だったりもします。。。はい。

Petras Gagilas

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