最近、すっかりオランダ人とばかり、というか日本人以外との仕事が増えてきており、日本人と一緒に仕事をすることになるとホッとします。言葉の問題もありますが、やはり共通の「空気」というか、忖度じゃないですが、ハイコンテクストを共有していることが大きいからでしょう。

なんせ、こちらは40過ぎまで、普通にどっぷりとドメスティック環境におりましたので、日本の慣習しか知らなかったのですから当たり前といえば、当たり前でしょうか。

一方で、日本人以外との仕事が増えてくると、今度は日本的な忖度とか、その他、例えば業界や部署ごとの縦割りによる不便、不合理さ、不自由さとか、企業内の内向き理論とか、既得権益の謎な慣習とか、個人の変な縄張り意識とかとか、まあ世界的に見ると、いびつな慣習への対応ができなくなってきたなあ、と感じることもあります。

そんなことの一つで、最近、強く思うのは日本人は「正解好きな大人」が多いということです。

 

◼️「事例」を教えてください

いや、別に「正解好きな大人」が悪いわけではありません。

どういうことか?、具体例を挙げてみます。

自分の場合、オランダの視察のご案内を多くしています。例えばテーマとしては、農業、教育、スタートアップ、働き方、サステイナブル、街づくり、といったところでしょうか。

いらっしゃる方は、企業、行政、NPO、個人や、その混合グループなど様々です。

みなさん、かなり勉強熱心で真面目な視察ばかりです。いろんなことを吸収していこうという姿勢が感じられます。

逆にだからこそ、かもしれませんが、みなさん視察に来て「正解」を求めようとします。そのままズバリ、視察先に「結局、どうすればいいんでしょうか?」「マニュアルはありますか?」「典型的なパターンは何でしょう?」挙句には「何が正解ですか?」「それは正解だと思いますか?」と言った質問をする人も結構います。

そういえば、日本でセミナーなどする時にスピーカーをしたことがある人は、実感するかもしれませんが、とにかく「事例」を求められることはないでしょうか?

そしてその事例は、できれば「わかりやすく」「真似しやすく」「汎用性がある」ことが求められたりします。

海外では、日本人は「事例好き」とされており、視察に来た時の質問も「もっと事例はないですか?」と言うのも多いと思います。

で、結局、この「事例」好きは、「正解」を求めているんだなと感じます。

しかし、こうしたテーマでの視察は、なかなか「正解」はなかったりします。「正解」がないからこそ、オランダでも試行錯誤をしながら、色々なチャレンジをしていたりします。そしてオランダ人は、この試行錯誤やチャレンジ自体が好き、だったりします。なので、どんどんチャレンジしていきます。未知のチャレンジをする時には、あまり他人の「正解」は気にしません。

オランダ人のこうした姿勢が、歴史的にある意味、実験(好き)国家とでも言うべき、今のオランダを形作っている気もします。道なき道を行くこと、開拓することが好きなのです。

 

◼️自分の意見に自身がない?

さて、突然に話が変わりますが、先週、長男が学校のキャンプに行きました。日本的に言うと、林間学校みたいな感じでしょうか。なぜか、それがクラス単位で行われるんですが。

まさに、日本の林間学校で行くような施設に泊まったようですが、話を聞くと、特に就寝時間とか、起床時間が決まっていないとのこと。(もしかして決まっているけど、ゆるいか、本人が認識していないか?と言う可能性もあり)そしてそのキャンプ中の予定も、ディスコとか、カジノとか、森に行く、とかザックリとした予定があるものの、基本的に自由というか予定すらあまりないらしく「みんなと適当に遊んでた」とか「意外と暇だったよ」と。

日本の林間学校とかって、もっと予定ががっちり決まっていて、下手したら「分単位」でスケジュールがあったような…。少なくとも就寝時間や起床時間は決まっていますよね?

なんか、お菓子とかも持ってきちゃいけないとなっているものの、みんな持ってきていて、それをみんなで分担して部屋で隠して、夜食べたりしてたそうで。そして、ある程度、先生も分かっているから、そのチェックを楽しんでやっているそうです。(あくまでも、長男の話ですが)

まあ楽しそうと言うか、めちゃくちゃと言うか、オランダ的と言うか…w

とにかく、ほとんど何にも決まってない中、それぞれが自由に勝手に遊んだりしてたそうです。

そういえば、長男の学校は特別(イエナプランなので)なのかもしれませんが、普段から決まった正解を求められる、いわゆる一斉授業的なものはあまりありません。(もちろん少しはあるようですが)

まあ、そのせいかどうかは分かりませんが、やっぱり普段から「自分で考えて行動する」と言う子が多いように思います。まあ、言い方を変えると「勝手」「わがまま」「我が道を行く」と言う感じでしょうか?

でも、実はうちの長男は、いわゆる典型的な日本人タイプで、こういうことが嫌いというか、なかなかできないというか、ちょっと苦手としています。つまり決められたこと、言われたことをやるのが得意なタイプで、逆に言われてないけど勝手に考えてやる、みたいなことは苦手としています。親としては、「もっと勝手にどんどんやればいいのに!」と思うことが多いのですが、オランダ人の子どものように、「勝手にどんどんやってしまう」というタイプではないのです。

 

◼️正解を求めるのは、今まで受けてきた教育か?

で、ここで冒頭に触れた、「正解」や「事例」大好きな日本人の大人の傾向は、日本的教育の、ある意味成果なのかな?と思いました。

自分は、クリエイターとして活動していることもあり、「自分で考えて、自分で行動する」「自分の意見が言える(持てる)ようになる」ということは非常に大事だと思っております。そして、そういう教育が受けられるからこそ、と思いオランダに移住して、まあ、実際にそういう教育を子どもは受けている訳です。が、こちらの教育だと、「なんでもかんでも自分で考えて、勝手にやる」ということが得意な子は、そこに磨きがかかる感じがします。繰り返しますが、「わがまま」「勝手」と見えることも非常に多いです。

しかし、うちの子どものように、そういうのが元来あんまり得意ではない子は、「何をして良いのかわからない」という状態になってしまっているようにも見えます。で、結局、友達の真似したり、好きでもないことをしたり、思ってもないことを言ったり、という非常に優柔不断というか、真のない状態になっているようにも見えます。

まあ、もっともこういうことはゆっくりと時間をかけて、慣れていくことだとも思っているので、特に焦ってもないのですが。そういえば、自分の子ども時代を振り返って見ても同じようなもんだったかもなあ、と思ったり。

で、結局、何を言いたいのか?というと、子どもの時に(学校教育で)「正解」ばかり求められていると、大人になった時に、「正解」を自分で考えることなく、(他人に)求めてしまったり、それがないと不安な人が多いのかな?と思いました。

だから、今の日本の大人が「正解」を自分で追求するのではなく、(他人に)求めたり、聞いたりするのは当たり前なんだろうなあと感じます。大人になっても自分の意見を言うのが苦手だったり、質問ができなかったりしますよね。これなんか、いまだに自分もオランダ人に比べると全然できないなあと感じています。

こちらでは、「正解が言えること」よりも、「自分の意見を言えること」の方が重視されていますからね。そして、それが時に「人の意見を聞かない我が道を行く人」となったりもします。しかも、このタイプは非常に多いです。

 

と言うことで、どっちがいいか?悪いか?ではないのですが。(と言うか、どっちが好きか?嫌いか?)そういえばオランダでは人がどう思うか?とかには全く無頓着です。と言うか、何かの神経がないのではないか?と思うくらい、無神経です。そしてダイレクトです。なので、こちらでの仕事に仕方に慣れてしまうと、日本のきめ細やかな配慮が出来なくなりそうです。。。(いや、もともと出来てなかっただろ!と先に自分で言っておきますが)

とにかく「我が道を行きまくり、正解なんかこれっぽっちも気にしない」こちらでは、日本人の大人が異様に「正解」を求めて、それに固執しているように見えるのが、非常に気になっています。そして、その「正解」がちょっとでも自分の理解を超えたものだと、非常に不安がると言うか…。

ただ、自分的には「正解」を求める日本人の方が、もちろん慣れているし、今までの自分の経験や、自分が受けてきた教育的にも、やっぱりやりやすいんだろうなと思いました。冒頭に書いた、日本人と仕事をするとホッとする、と言うのは、共通の「正解」があるからかもしれません。(すいません。たまに正解を外す時がありますがw)

でも、これからの「正解のない時代」、子どもがどう生きるのか?今までの「正解」を求める教育だと、大変かもしれませんね。