2020年、今年は世界中がもれなくコロナに翻弄された年になってしまいました。昨年のこの時期に、1年後のこの事態を想定していた人がいたでしょうか。ヨーロッパでは3月くらいまでは完全に対岸の火事状態でしたが、今は、毎日が感染者増など状態は悪くなる一方。変種が出たとかもあり、コロナが始まって以来の最悪状態を日々更新しております。

昨年の同時期よりも完璧に悪化していることを考えると、ワクチンが出たとはいえ今年以上に悪くなるのでは?と思ってしまうほど、全く霧が晴れるイメージが持てません。(オリンピックなんて、夢のまた夢ではないか?)

とはいえ、なんとなくこちらではゆっくりクリスマス休暇を楽しんでいる、という雰囲気ですがw

で、今回は世界ではこんな1年でしたが、それでも子どもの成長は止まらない、という話です。

 

子どもの成長には気づかない

一般論として、子どもの一番近くにいる親は日々の微々たる成長を見ているので(というか見れていないので)子どもの成長になかなか気がつけません。でも、この微々たる成長はバカにならないのは言うまでもなく。そう、例えば他人の子どもの成長は早く感じますよね? あれなどは単純に普段接しておらず久しぶりに見るからです。

で、何が言いたのかと言うと、今年、コロナによって学校も含む全ての社会活動が制限された中でも、子どもの成長自体は、以前と同じように進んでいます。でも、もしかしたら社会活動が制限されたことによって、今までの成長スピードが遅くなっていることはあるかもしれません。逆に、このコロナ禍におけるひょんなことがきっかけで、著しく(予想していなかった)成長している可能性もあります。こう言うことって、なかなかコントロールできないと思います。

ただ、一般的にはコロナによって社会活動が停滞してしまった結果、子どもの成長を適切に引き出すことが出来なくなっている可能性は大きいかもしれません。もちろん、子どもによって成長のタイミングも違いますし、全員が一律に伸びると言うことでもないので、この辺もなんとも言い難いのです。適切なタイミングで適切な出会いや、適切な機会があると良いのだけどと…と願うしかない、つまり親は、具体的なアレコレを子どもに言うのではなく、環境を作ってあげるしかないと思うのです。それでまたその環境がその子にあっているのか? タイミングはどうなのか? などなどという問題があり…。しかも、往々にして子どもはそういう機会とタイミングを見つけて、自ら成長していきます。(そもそも、これを読んでいる皆さん自身がそうでしたよね? どっちかというと親に何かをしてもらったおかげと言うより、振り返ってみると結局、「成長」なんてことは意識せず、トータルで親が良く育ててくれたのかな…と思ったり)親の意図しない成長だって、と言うか、それこそが子どもが自分で生きていくために大切なことです。

なので、たかだか1年(もしかしてもっと続くかもしれませんが)くらいゆっくりしても良いかも、と思ったりする反面、子どもにとって成長するタイミングってあったりするので、それがこの時期だったりすると親としても、なんかもっとやってあげたかった…と思うこともあるかもしれません。

要は、親や社会のコントロールではなんともならないし、結局は子どもは自分で(勝手に)成長していくものだと思うのです。

とはいえ、例年と比べると今年の環境はちょっと違いましたね。(さらに、まだ続きそうです)少なくとも「違った」と言うことは、認識しておいた方が良さそうです。そして、大人の社会生活だけではなく子どもの成長っていう面で捉えても、今年は例年と違いましたね。と言うことでしょうか。

 

成長を引き出す方法はある

ただオランダにいて思うのは、子どもの成長を引き出す方法は今年のような環境でもあるのではないか?ということです。で、この方法に関しては日本とは全く違うと思います。これはオランダに住んでいる自分が感じることで、「これが良い」と言うことでもないし、「全ての子どもに合っている」ということでもありません。ただ事実として、その方法が全く違う、ということです。

で、ずばり、オランダのそれは「教えない」ということだと感じます。

なんか「教えない」と聞くと、「えー、なんて不親切な!」とか、「子どもに教えないなんてけしからん!」って思うかもしれませんが、意外とそんなことないのです。というか、もちろんこっちでも厳密には「教えない」わけではありません。子どもが質問してきたら「教えます」。今の時代だと、質問されても親もわからないことがいっぱいあると思うので、その時は一緒にグーグル先生に聞いてみたりします。あるいは、その道のプロの門を叩くこともあるかもしれません。もちろん、本を読んでみることもあるでしょう。一緒に友達に聞く、というのもあるかもしれません。

一方で、日本は懇切丁寧に、先回りして最適な正しい(と思われる)答えを大人が全て用意して、時には、子どもに聞かれる前に「教える」。いや、もう質問が出る前に「これが正しい答えです!」と「教える」。なんてことありませんでしょうか??自分はこれを「超過保護」あるいは、その裏返しの「管理型」なんて感じで思っています。つまり日本の教育(と言うか先生の役割というか…)は「正しい答えを教えること」、そしてそれを「覚えること」(覚えさせること)ってなっている面もあると思います。

例えば、オランダでは学校は「人生の楽しみをつける場所」としています。決して「正しい答えを教える場」(覚えさせる場)ではないのです。だから全ての出発点が「子ども発」というか、子どもからの疑問、質問、つまり発問だったり難しく言うと、内発的動機なんて言うことになるかもしれません。

一方で、日本は「外から教えこみ、育てる」ということに終始しており、その「教えこむ方法」が、めちゃくちゃ発展しているように感じます。教育法=「教えこむ方法」であり、その「教え込み方の違い」自体がhow to として、いろいろとあるっていう感じだと思います。(「教育」という字面が、「教え(こみ)育てる」となっているように)

これはこれで、子どもによっては合っていたり、そのほうが良い、という子もいるはずなので、別にどっちがいいか?悪いか?ではありません。

著述家の高橋源一郎さんは、その著書(「答えより問いを探して 17歳の特別教室」講談社 2019)の中で、

<「ぼくは、先生の役割って、一つの狭い常識のなかで生きている人に、そうじゃないよと教えてくれて、でも、その答えは自分で見つけなさいよ、といってくれることだと思います。」>

と言っています。

これなんかは、まさにオランダ式の「先生」の役割だったりします。オランダでは学校の「先生」は、「世間のことを一番知らない人」と言う前提であり、そのことを先生自身も認識しています。そして、その前提に立って授業が組み立てられています。なので、いっぱい勉強したり、時に子どもに教わったりもします。決して、(自分の知っているだけの)知識を伝える人ではないのです。なので、結構、親が学校行事にいろいろと関わることになります。親の職場に社会科見学的なことをしに行ったり、ペットを飼っている家にみんなで(授業として)遊びに行ったりと…。全て「先生」は「社会を知らない人」という前提だからです。(ちなみに、自分の知り合いや、オランダに視察にきてくれてるような日本の先生が読まれていたら気を悪くしないでくださいね。決して「先生だけが」とは言っていません。むしろ「先生も」かもしれません。それぞれの親は、それぞれの「職業の分野でのプロフェッショナルであるけど、それ以外はプロフェッショナルじゃないよね」ということと同じことを言っています。)

ま、もうちょっと言うと、プロフェッショナルな先生は「子どもの好奇心を引き出してそれを後押ししてくれる人」。いわば「子どもの気持ちを十分に理解した上で、それによりそうコーチ」みたいな人のことをいいます。「何でもかんでも万能で正しい答えを威厳を持って教える人」ではない、ということですね。

で、ちょっと回り道をしましたが、こうやって考えるとオランダ式の「教えない」教育は、このコロナ禍だとなおさら機能するのではないか?と思ったのです。コロナだろうがなんだろうが、子どもからの「発問」を待つスタイルだからです。

あ、もちろん「発問」を受けた後に、じゃあ、どうするか?っていうのは、ケースバイケースでいろいろあります。でも、「発問」できるっていうことは、その時点で、何某かの問題点や、疑問点、つまり「好奇心」があるわけです。この「(知的)好奇心」こそが、全ての成長の源泉ではないか?と思うからです。

もちろん、それは学問である必要はなく、テニスであったり、ピアノであったり、スケボーでも、なんなら「キノコ」でも、「お茶」でも良いのです。何かに興味を持つことが出来れば、それは成長の第一歩目だと思えるからです。(ゲームとか漫画とかでも、全然良いんですよね。まあ、自分は親としては「ゲーム」だけには、いまだに結構抵抗感がありますが)

 

ということで、今年一年を振り返ってお子さんの成長はどうだったでしょうか?? 親としては、いろいろなことがなかなか厳しい1年だったと思います。来年もまだこの状態は続きそうですよね。そんな時にはオランダ式の「教えない」をちょっと思い出してみてください。もしかしたら、こういう方が合っているお子さんもいるかもしれません。寄り添って、子どもの発問に一緒に付き合ってあげるのです。

で、もちろん、そもそも子どもからの「発問」自体、出てこない!ってなると思うのです。オランダでも、そういう子はいっぱいいます。そんな時は、基本的にゆーっくり時間をかけて待ちましょう。そして、なんでもかんでも先回りして教えたり、口出しするのは辞めてみてください。オランダの小学校時代なんて、子どもの発問をずーっと待っているようなもんですからね。そうすると、今度は親の勉強です。多くの親は多分「待てません」w

社会全体で、「待つ」。これが出来ると、オランダのように暮らしやすい、子育てしやすい社会になるのでは?と思っています。(でも、はっきり言って、これ、日本人は苦手ですよね…。自分もかなり苦手です。なので、こんなオランダ式の「教えない」オンラインスクールを作ったりしてるんですが。。。w)

ということで、今年一年、読んでいただきましてありがとうございました。来年もよろしくお願いします。皆様、来年も良いお年をお迎えください。