img_2207イタリアの教育と言うと、「モンテッソーリ」、それから「レッジョ・エミリア・アプローチ」(それぞれリンクはwikiとnaverまとめを貼りましたが、間違いがあるかもしれませんので、ご自分で責任を持ってお調べください)が有名ですね。日本でも、それぞれの教育を取り入れた幼稚園、保育園などがありますが、もしかしたら、このブログを読んでいる方の中には、こうした教育方法に関心がある人も多いのではないでしょうか?

先日、イタリアミラノに行く機会があったのですが、ミラノの素晴らしい学校を見学してきましたので、そのレポートです。

今回、ガイドをしてくださったのは、ミラノ在住で多くの著書もあり、またSankeiBizでもビジネス記事を連載をされているビジネスプランナーの安西洋之さん。(人気ブログ「さまざまなデザイン」はこちら。)

ということで安西さんのご案内のもと訪れたのが、ミラノ市内にある「Pizzigoni」という学校でした。

 

■教育方針は「自然」「現実から真理を知る」「経験を大切にする」

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こちらは、今回のツアーを案内してくれた先生。学校の地図を見ながら概略を説明してくれました。

この先生の雰囲気からも感じるかもしれませんが、学校や生徒が全体的に自由で、自然体でかつ自立しているように見受けました。

すべての教室は1Fにあり地面に面しており、すぐに外に出られる(自然の中に出れる作りになっています)ようになっています。敷地内には、幼稚園、小学校、サッカー、バスケなどのグランド、屋内プール、畑や、小さな動物を飼うスペース(ロバまでいます)などが併設されています。

しかも、建物自体が非常に歴史を感じる趣のある建物です。

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天井が高く歴史を感じる校舎内

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この学校は、公立の小学校(幼稚園、そして中学校も同系列であります)ということですが、ミラノ市内にありながらも、広々とした敷地内は素晴らしい環境です。

 

■先生は体験させる人(役割)

先生は、イタリアの他の普通の学校が科目別でも2,3人の先生が担当するようですが、こちらの学校は6,7人。特徴としてはマスターを取っている先生が多いそうです。

そして、はっきりと「先生は体験させる人(役割)」と言っていたのが印象的でした。「先生」=「(正解を)教える人」ではないのです。

子どもがもともと持っているものを外に引き出すこと。これを様々な体験を通して行っている、というのです。

そのためには、自然に触れさせたりして、できるだけ子ども自身を外に連れ出すことを大事にしているといいます。「もちろん、先生にとっては教室に座って授業している方が楽なのだけど」ということでした。

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先生は、とても気さくな人ばかりで教室に入れて授業を見学させてくれました。

見学した授業は一斉授業のカタチが多かったのですが、特徴的だと感じたのは、どの授業もリアル、というか現実から学んでいること。ちなみに、先生やクラスによって、机の並べ方はバラバラでした。この辺はイタリア人らしい?笑。

たとえば、英語の授業も、非常に現実的な使える英語を小学校から習っていたり、体積を学ぶ際には、街で売っている水のペットボトルの実物を使って教えてもらっていたり。また仮にイタリア語の授業でも「栗」という言葉が分からない場合は、実際に校庭に出て落ちている「栗」を拾って学ぶ、鶏の足が何本か分からない子には、学校で飼っている実物を見に行って教える。このように、学校の教育方針である現実から真理を学ぶ、自然から学ぶ、そして経験を重視する、というのをいたるところで感じることができました。

また、収穫したぶどうでワインを作って売ったり、学校の畑で採れたもので料理を作ったりもするそうです。

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さらに精神的に障害のある子、身体的に障害のある子も一緒のクラスで学ぶインクルーシブ教育を実践しており、これも「現実から真理を学ぶ」という「体験学習」を全方位で実践しているのだな、と感じました。

 

■それは「生きた知識」か?

こちらの学校の重視している「体験教育」自体は、「レッジョ・エミリア」と「似ているといえば似ている」ということで、(レッジョは、基本的には幼児教育)、しかも大都会であるミラノ市内にある、ということで大人気。海外からの視察もかなり多いようです。

そもそもレッジョ・エミリアアプローチは、他の教育方法から距離のある試みではなく、実はイタリア文化の考え方から導き出されている性格や要素が多いということです。

また「モンテッソーリ」との違いは、「みんなでやる、という協働に重きを置いている点」だと話してくれました。

ちなみに、こちらの学校は1クラス25人で、1学年5クラス。20%〜30%が両親、または片方の親が外国人の生徒で、イタリア語の補習?クラスもあるようです。

さて、この学校を見学して思ったのは、「使える知識」を学んでいる、ということ。

現在、慶応SFCの教授である今井むつみさんの著書『学びとは何か』(2016 岩波書店)にこんなことが書かれていました。

<知識はこのように、体の一部になってこそ生きて使えるようになる。逆に言えば、体の一部になっていない知識は、使えないということである。外国語の習得で考えてみよう。外国語がうまく使えていないと感じているうちは、その知識はまだ体の一部になっていないということだ。それは、「頭で知っているだけの知識」である。つまり、「頭で知っているだけの知識」は「使えない知識」、「体で覚えた知識」は「使える知識」と深く関わっていることがわかる。>

つまり、この学校が手足を使い、現実や自然に触れて、真理を体験しながら学んでいるのは、「生きた知識」ようは「使える知識」を学ぶためなのだな、と感じたのです。

「生きた知識」とは、決して机上で学ぶだけでは身につかないとうのですね。う〜ん…。

 

こんな恵まれた学校に通っていると、やはり大人になった時に大きく変わるんだろうな、と思いました。また一方で、果たして自分は「使える知識」を学んできたのか?と不安になりました。今更ですが。

「子どものもともと持っているものを引き出すために、先生は体験させる人」。これ結局、子育てにおいても同じですよね。やっぱり、こんな先生や学校が増えてくれるといいな、とこの学校の雰囲気を通して思ったりしました。

ま、自分のキャパのなさのせいですが、全く「生きた知識」は学ばなかったなあ、とオランダに帰る飛行機の中で、またしても遅すぎる反省をした次第であります。