3063035024_6db1c8d8a6_b夏休み真っ只中。子どもたちは、いろんなところに行ったり遊びに、大忙しでしょうか?

というより、それに付き合う大人のほうが大忙しですよね。またはお金を払って、サマーキャンプに行かせたり、でしょうか。いずれにせよ、パパさん、ママさん、お疲れ様です。

我が家の場合、ママが孤軍奮闘、毎日のように各イベントに連れまわしています。

 

■子どもにどんな環境を作るのか?

夏休みに関わらず、親は我が子の大いなる可能性を開花させるべく、様々な環境を作ったり、物を与えてみたり、新しい経験をさせてみたりしているのではないでしょうか。

自分は今、イノベーションスタジオ福岡(多様なバックグラウンド、能力をもつ様々な分野の人材が混ざり合い、共に新しい未来を創造し事業をつくっていくプラットフォーム)に参加しています。

そこでは「どうしたら子どもの可能性を開花できるのか?」とか、「はたして、そうした環境は作れるのか?」 「そのためのベストな方法はあるのか?」 「子どもが何かを興味を持つきっかけは外発的な要因か? やっぱり内発的な動機が大事なのか?」 など、まさにこの辺りに興味を持ってリサーチをしてます。

簡単に言うと、子どもが好きなことを見つけられ、そして、そこにのめり込むには、(そしてそこでひと花咲かして、世界をより良くさせるには笑)どうしたら良いのか? といったことを調査しています。

先日、イノベーションスタジオ福岡のチームメンバーの皆さんに取材にいってもらったのは小学校4年生。その子は“電子工作”にのめり込んでおり、本を頼りに、すでに普通の大人が理解できないレベルまで到達しており電子回路を書いたりするのが大好き。

ファブラボ太宰府(3Dプリンタやレーザーカッター等の最新のデジタル工作機器を備え、デジタルからアナログまでの多様なものづくりが出来る新しい形の工作スペース)にすっかりハマっているようです。

その子のお父さんの話を聞くと、特に電子工作が好きになるように仕向けたわけではないとのこと。(ちなみに、すでにお父さんのレベルを超えており、お父さんもついていけないとのこと)

こうした子は、どういうきっかけで、このような自分の「好き」を見つけられたのでしょうか?

 

■「教える」ことは、子どもを育てるうえでの「自然破壊」?

ここで、元京都大学名誉教授で心理学者の河合隼雄さんの著書『子どもと学校』から引用してみます。

<現代においては、社会人として一人立ちするまでに吸収すべき知識が非常に多くなってきている。-(略)- しかも、親が自分の子どもの幸福について考えるとき、どうしても、自分の子どもが社会的に優位な地位につくことがそれに直結するという考えに傾くので、子どもに知識の詰め込みを強いることになる。>

「教育」ということを考えたときに、「教」えると「育」つという2つの要素があるのに、大人はつい「教」えることばかりに、興味がいってしまい、本来子どもが持っている「育」つという力を全く考えていない、というのです。

そして、

<このような状態は、極端に言えば、子どもを育てるうえでの「自然破壊」になるのである。子どもが「自然に育つ」過程に対する干渉が、あまりにも多すぎるのである。>

と書かれています。

(「子どもの個性の育て方」について以前書いたこちらも参考に:「ママ知っておいて!子どもの個性を伸ばすのに必要なたった1つのこと|おとなになったらよんでほしい」)

 

さて、こうしてみると子どもに好きなことを見つけさせようとして環境を作ることや、いろいろなものに触れさせることさえが、親の過干渉、つまり子育てにおける「自然破壊」になるのか?あるいは、環境を作ることまではいいのか?

この辺が、よくわからないのです。

ちなみに、電子工作大好き少年のお父さんは、「特に何もしていない」と言ってました。(ただし、非常にバランス良く、子どもの「電子工作好き」に付き合っている印象でした。)

一方、世界的な天才や起業家を輩出しまくっているユダヤ人の家庭には、一般的にありとあらゆる「本」が溢れており、子どもが勝手に読むようになる、という環境を作っていると別の本には書かれていました。『「与える」より「引き出す」! ユダヤ式「天才」教育のレシピ』

子どもの「好き」を見つけるために、何かいい事例やヒント、体験をお持ちの方がいましたら、ぜひお知らせください。みんなで共有できると面白いかもしれませんね。

我が家の長男は、今のところ『ママと一緒に行く!夏休み体験ツアー』の孤軍奮闘も虚しく、YouTubeでのドラえもん鑑賞と、仮面ライダードライブの戦いごっこにしか興味がありません。どうなるんでしょうか…?

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